真勢流本筮易系譜

系譜  
(真勢中州~谷川龍山)

真勢中州の高弟に松井羅州と谷川龍山がいた。 松井羅州は、真勢から独立して行ったが、
谷川龍山は最後まで真勢に忠実な弟子だった。

龍山は医者だったこともあり経済的にも真勢を支えていたようだ。
真勢の易の評判はすごく当時の瓦版でも騒がれるほどだった。
門前列を成すほどの人気で、並んでいるお客の名前を当てることも
できたらしい。しかし、一度小豆相場を外したことがあり、99勝の達
人といえども一度でも外せば信用を取り戻すのは大変だということを言っていたようだ。

(松田龍山)

谷川龍山の流れを受けた人物に、明治時代に入ってから東京に松田龍山がいた。
松田龍山の著書は「易象大林」が今でも残されている。

(松田龍山~大島皐龍)

大正時代、松田龍山の占が当たるという評判を聞き読売新聞社に勤める大島皐龍が取材に
行った。大島皐龍は松田龍山から「あなたなら本筮ができる」と言われ弟子になった。

(大島皐龍~中根光龍)

大島皐龍を父とした中根光龍は幼少の頃から易に親しみ女学校の頃には本筮易がかなり
できるようになっていた。

中根光龍の著書に「本筮易入門」がある。

(中根光龍~石井清龍